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ベンチャーぼんやり考察

ベンチャー界隈の経営、組織について悩んだり考えたりしています。40にして惑ってます。

目の前のサービスのことをもっと考えないと、その先の世界に到達できないんじゃないかと思う

いろんなサービスの相談を本業以外にも受けたりするのですが、壮大な野望やミッションはあるし、マネタイズについては話されるんだけど、肝心な目の前のサービスについてのポイントが抜けている人が意外と多いような気がしている。

・どんな理由でこのサービスを使ってみようと思うのか?
・どんな理由でこのサービスにのめり込むのか?
・どんな理由でサービスを離れてしまうのか?

こんな質問をすると途端にシドロモドロになったりする。ペルソナとかターゲットがーとか言うつもりは無いんだけど、特にC向けサービスの場合、規模感いかないと始まらない場合がほとんどだし、まずはそのサービスに熱狂してもらうための施策を考えるのが最初じゃないのかなぁと。

少し前の記事だけど、家入さんの「サービス作り」についての記事があったので紹介しようと思います。この家入さんの考え方にはすごく共感できるし、その通りだと思う。

家入一真が語る、新サービスを作るコツとは (1/2) - ITmedia ビジネスオンライン

サービスやビジネスを作るとき、僕が大事にしているのは「身近な人の顔を思い浮かべて、手紙を書くように作る」ということです。
いわゆる「20代女性をターゲットにして」みたいなやり方では、僕には「このサービスを必要としている誰かの顔」がどうしても思い浮かびません。輪郭がぼやけたまま作ると、結局、誰にも刺さらないものができ上がってしまいます。

 
良いサービス作りを考えずに、そのずっと先の野望を実現できないと思うし、良いサービス作りを考えてないのにマネタイズを考えると、しょーもないサービスになるし、結果マネタイズなんて上手くいかない。1,000人のユーザーから一人1,000円を取ってもしょうがなくて、1,000,000人のユーザーから10円取って、さらにそのデータを解析して、新商品を作る。そういう考えの方が良いのではないかなと思うのです。


話は変わり、SEOの相談もたまにあるのだけど、「検索流入増やしたいんで、商品紹介ページの上部に4,000文字くらいのテキストを入れようと思うんですが、どう思いますか?」という類の質問が多いこと。「どう思う?」って良いわけないんですよ。

商品を購入しようと検索から流入して、いきなりファーストビューに4,000文字のテキストあったらどう思うか?「うわー」って離脱しちゃう割合が高まると思うんですよね。ちなみにこのエントリー、僕の中では長文なんですが、ここまでで約1,000文字です。


どちらの例にしても目の前のサービスやユーザーのことを考えてないんですよね。もっとサービスに向き合って、良いサービスを産み出していって欲しいなぁと思います。前回と同じような内容のエントリーになりましたが、先日某社新年の挨拶で言おうとしてまとまりきらず、結果よくわからないスピーチになったのが悔しかったので、ここでまとめてみました。スピーチが上手くなりたいです。

価値の対価

土曜日、Startup Weekend Tokyoの「コーチ」として参加してきました。4月に名古屋でやったのと同じですが、Tokyoはコーチの拘束時間が短いのが特徴(2時間ちょっとでした)。

さて、僕は5チームを各15分ずつ見て回ったのですが、総じてまとまってるプランが多かったという印象。比較対象が4月の名古屋だけなのでアレですが、どれも概ねまとまってて、一定規模のサービスにはなりそうだなぁというものが多かった。チーム内のギスギス、煮詰まりも名古屋ほど感じなかった。

コーチ陣の控え室で何人かのコーチが「○○チームはよくできてた」と言ってたチームがあった。僕個人的には「確かに机上の論理としてはよくできてたし、ビジネスモデルも理解できる。スケールも比較的大きいとは思うが、実現性がめっちゃ難しいし、どうかなぁ」と感じたチーム、プランだった。どうやら結局そのチームが優勝したそうなので、僕の目は節穴だったのかもしれない笑。

前回の名古屋の時も感じたんだけど、最初はある課題があって、それを解決するプランを考え始め、チームを作り、プランを成熟させていくのだろうが、コーチが介入するあたりの時間帯(全日程の中間くらい)になると「マネタイズ」への意識がいつの間にか必要以上に大きくなってしまうような気がした。

課題や解決策、顧客への価値などよりもマネタイズの比重が大きい。それは少し残念な気がするんですよね。もちろん事業としてやるからにはお金を稼ぐ必要はある。けどその前に「あなた達はどんな価値を提供するのか」というのを考え、軸に据えていかないと、なんだかスカスカのサービスになってしまいがち。

 あと、2方向からしかマネタイズできないと考えがちだけど、第3の方向から収益を得ることもできるので、最初から固定概念でマネタイズを考えないで、まずはサービスの価値を考えた方がおもしろい方向に進むんじゃないかなぁと思ったり。

とりあえず皆様お疲れさまでした。

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魔法使いなんていない

以前とある人が某連続起業家氏のことを「新しいサービスを次々に考えて、まるで魔法のようだ。」と言った。これを聞いて「魔法なんて無いんだよ」と答えたことがあった。

自分の常識の範疇を超えたアウトプットを相手にされた時に「この人は天才か?」「この人は魔法使いか?」と思ってしまいがちだ。でもそんなものは無い、と僕は思っている。よくわからない事を「魔法」と思ってしまった瞬間に、その人は思考が停止しちゃってる。

とは言え、あたかも「魔法」のようなアウトプットをする人はいる。ざっくり言うと「魔法」には2つの要素が必要な気がしている。

1つ目は情報量。その人がどれだけたくさんの優良な情報をインプットしているか。それがポイント。インプットしたたくさんの情報量は一般的に「引き出し」とも言ったりする。「引き出し」の多さが「魔法」には必要。

ただ「引き出し」が多いだけでは「魔法」は使えない。もう一つの要素はアウトプットのスピード。瞬時に回答を出したり、迷いなくアウトプットしないと「魔法」には見えない。そのスピードを出すには「引き出しの整理」がまずは必要かも。あとは場数も重要かも。この処理速度は個人差が多少あるのかもしれない。ただ頑張れば速くなると思ってる…。


ところでYJに小澤さんという方がいる。界隈では誰もが知る「おざーん」さんである。おざーんさんの話を聴くとその話術の巧さはさることながら、「引き出し」の多さ、「処理速度の速さ」に驚く。

先日Hive Shibuyaで行われた #90会 というのを観覧してたのだが、そこにゲストでやってきたおざーんさんのお話を聴いて上記の考えがわりかし間違いじゃないんじゃないかと確信した。

 


これは #90会 に参加してた方のツイートだが、まぁそういうことだ。そしておざーんさんは電話帳を見ながら「自分ならこの事業をどうするか」を考える「練習」もしてたそうだ。いろんな事業のいろんなフェーズに自分を置いてみて、自分ならばどうするかを考える。言わば想定問答集を作っているようなもんだ。

圧倒的に情報をインプットし、アウトプットの想定問答集を作っておけば、誰でも「魔法」のようなものは使えるようになるのかもしれない。


それでも僕はいつかは「魔法」を使いたい。「魔法少女」になりたい。

「手伝う」という言葉は手伝う人、手伝われる人それぞれで認識が違う場合が多い気がする

イクメンパパがママにイライラされるポイント

先日ぼんやりとテレビを見ていたんです。子育て夫婦の特集でイクメンパパに対してママがイライラしてるみたいな内容でした。映像見てる限り結構ちゃんとしたイクメンっぷりでイライラするポイントなんて無さそうだと感じた。

ではママはどこでイライラしたのか。

ご飯中のシーン。赤ちゃんはテーブル後ろの布団でゴロゴロしてて、テーブルにはパパ、ママ、小さな子供の3人がご飯を食べています。赤ちゃんがワーとかウーとか声を出し、泣いてみたり。それに対応するママ。パパの方はと言うと小さな子供の面倒を時折みてますが、基本的にはもくもくと食べてる。

この場面でママはイライラしたらしい。なぜ赤ちゃんが泣いているのに反応しないのか。そこにイライラしたとのこと。 

 

とある会社でも似たような事象が

昨日非常勤某社でとある人がこんなことを言っていた。

”移転祝いで届いたフラワースタンドをAさんが片付けてたんで「手伝いますか」と声かけたんです。Aさんは「ではこのスタンドを片付けといてください」と。スタンドは返却するのでオフィスの端にまとめていたのでスタンドをそこに運びました。その後Aさんがやってきて「名札は抜くんですよ」って指摘されちゃって。”

なんかこの話を聞いて「先日見たテレビのアレと同じだなぁ」って思ったんです。こういった事象はビジネスシーンにおいても結構あるかもしれない。

 

「手伝う」という言葉はそれぞれで認識が違う場合が多い

この二つの事象を考えてみたんですが、「手伝う」という言葉は手伝う人、手伝われる人で認識が違う場合が多いのでは?ということに辿り着いた。

 

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ざっくりと図にしてみたけど、前述の2つの例はこんな感じなのかなと。

手伝う人はあくまで「手伝い」であり当事者意識までは持っていない。「少しでも当事者の役に立てれば」という親切心が原動力であり、当事者のタスクを全て担う(図では代替率という言葉で示してます)とは思ってない場合が多い。

 

一方手伝ってもらう側は完璧にタスクを任せられると思ってしまう場合が多いのではないかと。代替率はそれこそ100%、場合によってはそれ以上の成果を求めてしまう。

 

ここに両者の認識のズレが生じ、お互いに不満を抱く不幸な結果が生まれてしまうのではないかと思った。「手伝う」という言葉の曖昧さ、認識のズレはどうやら存在しそうな気がする。

 

不幸な結果を生まないために

事前の「期待値」の擦り合わせに尽きるとは思うのですが、それ以外の細かいこととしては、

  • 手伝う人は当事者意識を持ち、手伝うからには完璧を目指す
  • 手伝う人はドヤらない
  • 手伝われる人は過度に手伝う人に期待しない
  • 手伝われる人は手伝う人に感謝をする

みたいな感じでしょうか。一番いけないのは、やれもしないのに「手伝う」人だと思っています。何でもかんでも「手伝う」と言わず成果を出せそうなものだけに集中するのがお互いにとって良いんじゃないっすかね。安請け合いはダメ絶対。

 

会社のキャッシュは貯金じゃないよ

かつて経営していた会社は幸運なことにずっと黒字で、利益率の高いビジネスだったこともあり、どんどんキャッシュが増えていきました。キャッシュが増えていくことは会社にとってはとても良いことであり、キャッシュがある限り会社は潰れない。経営者にとって会社を潰さないことが重要だと思うので、キャッシュが増えていく経営というのはとても評価高いんじゃないかなって思います。

でも会社のキャッシュは貯金じゃないんですよ。

高利益率の会社はどんどんキャッシュが増えていき、その数字の動きを見て経営者はニンマリします。「もっとキャッシュを増やすぞ!」と思う。そう思った経営者はどうするかというと「攻め」なくなる傾向があるような気がしてる。

「攻め」とは何か。広告を投下したり、新規事業を始めたり、人を採用したり。総じてコストが発生する。目先は確実にキャッシュが減る。でもそれは将来のリターンを見越した「投資」なんで、いつかは回収する予定。もちろん目論みが外れて失敗することもあり、その時はコストだけ減るけども。

「直近では確実に残高が減って、将来的にも無駄コストになるかもしれない。そんなのキャッシュが減ってしまって嫌だー。既存事業を今いる人員で何とか拡大し、キャッシュを生んでくれ。」と思ってしまいがち。これは完全に「守り」。一つの事業が永遠に成長するならばともかく、サイクルが早い現代においては「攻め」続けないと終わる。

やみくもに使ってもしょうがない。経営者はキャッシュをどのように活かすか。そこに力量が出るような気がしますよね。


ちなみにキャッシュリッチな企業と言えば任天堂ですが「ゲーム、エンタメ系事業は浮き沈みが激しいのでなるべくキャッシュを貯めておく」という話を以前本で読んだ気がします。また冒頭で少し書いた僕がかつていた会社ですが、社長とは「売上がいきなりゼロになっても(新しいサービスが軌道にのるまで)2年は今のコストを払えるくらいは持っておこう」という話をしていました。

まぁいろんな考え方がありますが、お金を活かして、稼ぎたいものです。


「朝令暮改」していかないと変化に対応できない

「社長は言ってることとやってることが違う」

こういった類の事を言われたのは一度や二度ではありません。孔子はリーダーにとって「仁」と「言行一致」が大切だと言っています。僕もそう思いますし、言ったことをリーダーが率先してやるのは重要だと思っています。余談ですが「率先垂範」が僕の座右の銘であったりします。

またこんなコメントもよく発生します。

「さっきあれをやろうって言ったのに、今度はやっぱりこれをやろうと言ってきた。ついていけない」

いわゆる「朝令暮改」的なやつでしょうか。あるあるですね。「朝令暮改」というのは何となく「悪いこと」のようにとらえてる人も多そうですが、僕はそう思っていません。

僕はリーダーというのは「言行一致」も「朝令暮改」も大切だし、日々それをやっていくのが重要だと思っています。表面的に見るとこの二つの言葉は相反するような印象もあったりしますが、全然そうではなくて、共存するものだと思うんです。

リーダーは自分の信念や会社のビジョンに従い、ブレなく行動するのを前提に、その目的達成のためにそのタイミングにおいての最適な指針を常に考え発信、実行していく必要があると考えています。「最適な指針」というのは環境や思考によって変化するものです。でもその根底にある軸がブレていなければ全く問題ないし、むしろ「朝にこういったけどやっぱり施策を変えたいなぁ。でも朝にこう言ったばっかりだから批判されそうなのでこのままでいいか…」って方がよっぽど問題だと思います。

社員が「社長は朝令暮改ばかりで嫌だな」と感じる時は、

  • 社長の軸がブレている
  • 社員が社長(会社)の軸を理解していない

のどちらかが原因だと思います。なのでそのあたりを調整すれば次第に社内から「朝令暮改」についてのネガティブな印象は消えていくのではないかと。


この辺の話はあるあるではありますが、数字の良い会社ってのは多少のこういうネガティブな意見が出たとしてもあまり問題にならなかったりします。数字が全てを覆い隠すんですよね笑。

次回は「キャッシュフロー経営を続けていたベンチャーにありがちなこと」を書こうと思います。

プロパーの生きる道

子張問曰、令尹子文、三仕爲令尹、無喜色。三已之、無慍色。舊令尹之政、 必以告新令尹。何如、子曰、忠矣。

最近「論語」を読み出したんです。何となく。まだ途中までしか読んでないのですが、こんな一文があったので紹介します。

子文という人が三度令尹という偉い役職に就いたものの、三度罷免された。役職に就いた際は特に喜んだりせず、辞めさせられた際も不満を言わず、後任にちゃんと丁寧に引継ぎをした。その話を弟子が孔子にしたところ「忠実な人物である」と評価した、という話。

これまでその業務に就いていて、社内においても「自分が担ってた」と自負する初期メンバーが、その後入ってきた優秀な後任にその業務を引継がないといけない場合、前任者は不貞腐れて適切な引継ぎをしなかったり、その業務に固執したりする場合が過去にあった。でも「忠」な人はちゃんと引継ぎを行い、自分は新たな業務を全うする。それがベストだよなぁと。

僕自身も創業期からいろんな業務をやり、いろんな業務を引継いできた。多くはちゃんと引継いだけど、それでも固執してた業務もあったなぁと反省してる。会社の成長をマクロで考えれば引継ぐべきだった。


さて前置きが長くなってしまったが「プロパーの生きる道」の話。

自分自身を思い返すと突出したスキルがあったわけでなく、そのフェーズフェーズで役割も変わってきた。その中で「これはプロパーである僕の仕事だな」と感じてたことがある。それが「理念の浸透」のようなもの。

社長が会社の理念を語るべきではあるが、なかなか伝えきれない場合がある。そこを補足し、さらに社長の考えを噛み砕いて伝える役割。それがプロパーならではの役割なのではないかと思ってる。どういう想いで創業し、どういう世界を築いていきたいか。社長と共に歩み、考えも理解しているプロパー。組織が拡大して人も多くなった時に改めて存在感が増すんじゃないかなぁと。

 

次回は「朝令暮改は正しい」を予定しています。

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